EGF受容体シグナルは、皮膚の正常な状態を保つために非常に重要です。このシグナルの制御が不完全になると、さまざまな皮膚の問題、例えば基底細胞癌や乾癬などが引き起こされます。
さらに、EGF受容体シグナルが異常に活発になるか、EGF受容体の遺伝子に変異が起きると、多くの種類のがんが発生する可能性があります。現在、EGF受容体を中和する抗体や、その機能を阻害する薬物が、抗がん剤として使われています。
しかし、これらの薬剤には副作用があり、皮膚の発疹や乾燥、かゆみ、爪や毛髪の異常などを引き起こすことが知られています。
EGF受容体シグナルは傷の治療にも必要であり、皮膚の細胞を増やしたり、損傷した皮膚を修復したり再生するのに重要な役割を果たしています。
再上皮化とは、損傷した皮膚を修復するプロセスで、角化細胞が損傷部分を覆い、保護機能を回復します。このプロセスには細胞の増殖と移動の両方が必要で、老化によってこれらの能力が変わる可能性があります。
EGF受容体は細胞の増殖と移動を調整する役割があります。この受容体が活性化すると、特定のタンパク質(XVII型コラーゲン)の生成が促進され、細胞の遊走能が維持されます。
そこで研究者たちは、若齢と老齢のマウスの創傷治癒プロセスを比較しました。老齢のマウスではEGF受容体の活性が低下していることが分かり、これが再上皮化の不全を引き起こす原因である可能性があります。
XVII型コラーゲンは細胞骨格に関与し、EGF受容体の活性化によって生成され、安定化します。このタンパク質が不足すると、細胞の移動能力が大きく阻害されます。
つまり老化によってEGF 受容体リガンドの量が低下し EGF 受容体シグナルの活性化が不十分となりXVII型コラーゲンが分解され細胞骨格の機能が低下し、表皮角化幹細胞の遊走能が阻害され、再上皮化不全が起こると考えられます。
美容医療の分野では、EGFやFGF、IGF1といった細胞を成長させる物質が皮膚に使われています。近年では、特に幹細胞を使った技術が注目を集めており、それに関連する培養上清も多く使用されています。
この培養上清の中には、エクソソームなど細胞を成長させるためのさまざまな成分が含まれており、美容効果が期待されています。しかし、皮膚の細胞にどう働くのかなど、その詳細な仕組みはまだ完全には解明されていません。どの成分がどの細胞に効くのかさらに解明されていけば、治療効果をより高めることが可能になります。
青山メディカルクリニック 院長 松澤 宗範
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